正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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インドの思想の中のヨーガ

     - インド哲学

これから、折りを見てインド哲学のお話しをしていきましょう。みなさんがなさっているヨーガ(yoga)も、古代インドで生まれインドの哲学の分野で育てられてきました。インド独自の思想や精神的な風土の中から生まれてきて、インドの哲学の中では、圧倒的な地位を占めています。インドにおけるどんな思想や哲学も、ヨーガをもたないものはない、といってもいいくらいです。ごくまれにヨーガを実践としてもたない思想もあるかもしれませんが、インドにおいてはほとんど軽視されます。

では、ヨーガとは何でしょうか? ヨーガというのは、自己を変革する実践的な道具です。よく「瞑想」とか「精神集中」などと訳されたりもします。「あら、そうなの?それでは、わたしの行っているヨガのポーズは何なのだろう」と思われる人もいるかもしれません。ヨガと呼んだりヨーガと呼んだり、いろいろですが、ヨガもヨーガも同じものです。哲学的にはヨーガといわれることが多く、一般的に、その内容は静かに坐って心を制御する瞑想を指しています。みなさんがなさっている動きをともなうヨーガは、ハタ・ヨーガといわれる、ヨーガの中の一つのヴァリエーションなのです。身体を整えて心を育てる、と言っておきましょうか。近年世界的に、健康や美容によいものとして、その効能が認められて一大ブームとなっています。

でも、このヨーガは、たんに健康や美容によいだけではありません。もっともっと深い思想をもっているのです。東洋では、ヨーガは、仏教を通じて、禅や瑜伽行(ゆがぎょう)のような修行の方法として伝えられたのです。

ですから、ヨーガと言っても、みなさんがなさるようなおしゃれでかっこいい今風なものから、むくつけき行者が修行で行う坐禅のようなスタイルまで、いろいろあるのです。みなさんがなさるヨーガは、静止する部分もありますが、多くは動きをともないます。しかし、ヨーガを精神的な修行と見る人々は、坐って黙想することをヨーガととらえています。

ヨーガとは、身体だけではなく心にも大きな影響を与えるものであることがわかるでしょう。人は、身体と心からなっていますから、分けて考えることはできません。インドでは、身体に起こることと心に起こることを一つのものと考えて、そこからヨーガを発達させました。

現在行われているヨーガは、西洋的な思想の影響を受けて、身体に関わる側面と心に関わる側面を分けて考え、生理的で身体的な側面をクローズアップさせたヨーガを行う場合がほとんどです。その場合、精神的な側面は副産物のような効果として取りあげられます。たとえば、ヨーガを行うと心も穏やかになりますよ、といった具合です。

一方逆に、精神的な側面を重視すると、身体の部分を消すように、不動で静止する瞑想になっていきます。心を変革することによって身体にも副次的に効果が現れるという位に考えます。今まで見ていた世界とは世界が異なってくるとき、ヨーガによって行者の心は大きく変化しています。

東洋が世界に誇る坐禅の伝統も、また、体操のようなアクロバティックな動きをともなう美しいポーズも、共に、インドの思想的な風土の中で育まれたヨーガの伝統から生まれてくるのです。

ちょっとびっくりしたでしょうか。坐禅と現代ヨガでは、似ても似つかないと思われるかもしれません。全然違うものなのにヨーガに含めていいの、と眼を白黒させてしまうかもしれませんが、いいのです。ヨーガという一つのことばは、この他にも様々な意味をはらんでインドの中で用いられています。このように、ことば一つがたくさんの意味をもつことを、「多義である」と言いますが、実は、この「多義」こそ、インドの思想の大きな特徴なのです。

ヨーガの語を一例として、インド思想の中に入っていきました。次回は、インド思想の根幹をなす「アートマン」ということばに密着して語ってみましょう。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」439号(2022年7月5日発行)に掲載された記事です。

著者
石飛 道子

略歴
札幌大谷大学特任教授。北星学園大学他、多数の大学・専門学校にて非常勤講師著書『ブッダと龍樹の論理学』ほか多数。

ヨガライフスクールインサッポロ講師、北星学園大学、武蔵女子短期大学、その他多数の大学、専門学校にて非常勤講師として教鞭をとる。著書に『インド新論理学派の知識論―「マニカナ」の和訳と註解』(宮元啓一氏との共著、山喜房佛書林)、『ビックリ!インド人の頭の中―超論理思考を読む』(宮元啓一氏との共著、講談社)、『ブッダ論理学五つの難問』(講談社選書メチエ)、『龍樹造「方便心論」の研究』(山喜房佛書林)、『ブッダと龍樹の論理学―縁起と中道』(サンガ)、『ブッダの優しい論理学―縁起で学ぶ上手なコミュニケーション法』(サンガ新書)、『龍樹と、語れ!―「方便心論」の言語戦略』(大法輪閣)、『龍樹―あるように見えても「空」という』(佼成出版)がある。