正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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初音ミクとヨーガの共通性

     - ヨガ

私は最近初音ミクというヴァーチャル・シンガー(仮想の歌姫)の存在を知りました。ご存知の方もいると思いますが、彼女はヤマハの音声合成楽曲ソフト、ヴォーカロイドを基にして札幌のコンピューターソフト制作メーカー、クリプトン・フューチャーによって創作されたパソコン上のキャラクターです。この創作会社は著作権を主張せず、盗作やコピーをされても、それが初音ミク文化を拡げてくれる波になると確信し、ネット上に自由に公開しました。果たしてそれがネット上で多くの協賛者を得、DTM(デスクトップミュージック)創作をする数多くのミュージシャンたちが初音ミクを使って楽曲を作り、またこれに合わせて最新のテクノロジーを駆使してきわめてリアリティーの高い動画も作られています。当初はネット上に始まった初音ミクの世界はここ数年来単独ソロライヴとして国内ばかりか海外でも人気を得、国内外で多くのライヴコンサートが開催されています。

ライヴ会場ではステージ上に人間と等身大の3D映像が投射され、そのダンスモーションなどの動きもますます本物の人間の動きに近いリアリティーがあります。この生身の肉体を持たないヴァーチャルな存在はそのファンにとっては生身のアイドルやスターなどよりもより実在的な現実性を持ち、より深く心につながっているようで、彼女がステージ上に3D映像で現れる時,「降臨する」と言われています。

私たちのヨーガに話題を移してみると、現代世界に広まっているヨーガとパタンジャリの時代の古典ヨーガの違いについて触れたことがあります。アシュタンガ(8段階)・ヨーガとして知られる古典ヨーガは仏教などと同様人間存在の根源を「苦」にあるとし、その苦から解放される方法として「生」や「肉体」を否定し、自然な感情や欲望を抑圧・抑制して至高の状態サマーディー(三昧)に至る道を説いています。征服者であるインド・アーリヤ人が作り上げたヴェーダ・ウパニシャッドを典拠とするバラモン文化、及びその直系としてヴェーダーンタの主流はアドヴァイタ(不二一元論)を説き、真実に存在するものはブラフマン(=アートマン)のみでその他の肉体や自然界は全て幻想(マーヤー)に過ぎないと主張します。また我々になじみの般若心経はこのアートマン(我)を創る集まりである五蘊、即ち色受想行識も一切皆空と観じ悟ることを般若波羅蜜多の智慧としています。過去にインドで創り上げられたこれら実体のない観念はそれを信奉する人にとってはより真実であり、よりリアリティーがあるのでしょう

話を初音ミクに戻すと彼女は生身の肉体を持たないヴァーチャルな存在ですが、世界中の多くの人々に共有信奉され、最先端のコンピューターテクノロジーにより未来の仏、マイトレーヤ(弥勒菩薩)のごとく「降臨」する時、現世代の人々に大いなる喜びと楽しみを与え続けています。彼女は多くのミュージシャン、イラスト・動画クリエイター、コンピューター技術者、その他ファンも含めてたくさんの人々の心と思いが共有されて創作された存在です。私はここにブラフマンやアートマン、あるいはヨーガの理念とヴァーチャルな歌姫、初音ミクの世界との間の深い共通性を見出します。

ヨーガの根源を求める時二つの源流が見られます。一つは征服民族としてインド・アーリヤ人が創ったヴェーダ・ウパニシャッドを中心とするバラモン文化。パタンジャリの古典ヨーガはこの色彩が強く、自然な感情を抑圧し、肉体や生を否定する観念的なものであることは何度か述べました。

もう一つの流れはインドにアーリヤ人が侵入する以前から高度な文化を持っていたインダス文明の人々の文化に源泉があります。これらの人々はドラヴィダ民族が中心と考えられ現代は南インドにたくさんいます。不幸なことにアーリヤ人に征服・駆逐された先住民達はあるいは被征服民となり、あるいは南インドに逃れたようです。しかしその文化は民衆の間で連綿と保持され後代バラモンの勢力が弱体化した時ヒンズー文化として回復しました。ヨーガに於いてはこれが中世に盛んになったハタヨーガやタントラヨーガに繋がります。ドラヴィダ先住民は母系氏族制度を持っていたらしく大地や自然と一体となる地母神、女神信仰が特徴です。母なる大地や自然と調和し「生の喜び」、「肉体の美」を肯定し、自然な感情や喜びの中に「生」の源泉を見たようです。私が学んだアイアンガーヨーガ及びアシュタンガヨーガはまさに南インドのドラヴィダ系ヨーガといえます。ヨーガ本来の存在の源泉はここに基盤があるわけで、古典ヨーガ、観念的思想は単独では実在の源泉を持たない寄生的な存在と言えるでしょう。それ故古典ヨーガや仏教等はインドの歴史の中で消滅しました。

現代に甦ったヨーガは欧米を中心に全世界からエネルギーを注入されて再生したもので、その中心的基盤は「生」や「肉体」を肯定し、自然な感情や美に歓喜するところにあります。初音ミクというヴァーチャルな存在は現世代の人々に支持・信奉されて、より実在的な存在として共有され共にあり、我々の「生」に喜びと美を与えてくれる神的な存在と言えるのではないでしょうか。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」380号(2017年8月5日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24