正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

ヨガライフスクールインサッポロ 機関紙「未来」ウェブ

*

ヨーガの道―未知への探究

     - ヨガ

私が住んでいる和歌山には高野山から熊野古道に連なる山々にたくさんの修験道や霊地があります。
その中で私が好きな場所に「龍神」という道の駅があり、
その裏手には源流近く日高川の清流が流れ、
対岸は急峻な杉や槇の木立に面し、そこまで吊り橋がかかっています。
一人川辺に坐し、清流を流れる黄や赤の鮮やかな紅葉の葉を眺め、
せせらぎの音に耳を傾けていると、私というものが溶けてなくなり、
全てがそのせせらぎ、対岸の木立を抜ける風や鳥の声に満たされてきます。
その時には時空が消滅しインドや瞑想の中で生じた共通の場の世界に引き込まれる感があります。

以前カタ・ウパニシャッドの話をしたことがあります。
その最古の部分は紀元前5世紀ごろの成立とされ、
ヨーガやサーンキャの思想を扱った最初のウパニシャッドと言われています。
父の不興を買ったナチケータス少年が死者の国に赴きヤマ(閻魔)王に質問します。
「肉体が滅んだあとにも永遠に続く何かがあるのかどうか。」
ヤマが示したものはアディアートマ・ヨーガ(adhyaatma-yoga,内なる自己の探究)でした。

現代医学に目を向けると我々の精神や思考はほぼ脳の働きとして捉えられていますが、
古来心や魂は胸にあるとされ、ウパニシャッドに於いても
アートマン(本来の自己)は心臓の奥にあると言われてきました。
我々の経験や記憶は脳に蓄積され、思考はそれらに基づいて働きます。
最近の研究では脳以外の各器官や組織にも意識や記憶があり、
ホルモンや伝達物質、あるいは電気や電磁波の信号を出し合い、
生体としてホリスティック(全体性)に働くと言われます。
しかしこれら記憶や思考は全て物質(脳や各器官、ホルモンや電気)の働きですが、
ここでも根本的な疑問が生じます。
人間の意識や精神にはこれら思考や頭脳という物質を超越した存在があるのかという問いです。

ウパニシャッドやヨーガ、サーンキャやヴェーダーンタ、あるいは仏教などは
それぞれの解答を与え、知識や伝統として伝えてきました。
しかしこれらは全て思考が作り上げた概念に過ぎず、知識として過去の言葉をいくら記憶しても
真実の存在を見つける為には何の役にも立ちません。
知識や情報を集め解答や結論を得たと思った瞬間、私たちは探究を止めてしまいます。
ヨーガの道を求める者に必要なのは常に探究することですが、
但しこの探究には到達点や目標・対象はありません。肉体や物質を超越した何かは未知のもので、
この未知はいくら科学や思考が進化したとしても永遠に知り得ない不可知のものと言えるでしょう。
目標や対象、あるいは動機もない未知への探究は出来るでしょうか。
これは知識や伝統、経験や思考を捨離して初めて純粋な探究になるでしょう。
それは経験や体験でもありません。経験は「私」が蓄積するもので、
記憶と同質にあり、エゴの範囲内で時空の殻の中にあるでしょう。

「私はヨーガ・瞑想をする」という時、私(subject,主体)と
ヨーガ・瞑想(object,対象)は絶えず分離・二元対立(dvandva, dichotomy)状態にあり、
そこには必ず対立、葛藤、矛盾が生じてきます。
「私」が「ヨーガ・瞑想」を行う限り、両者は常に異なるもので、
経験の範囲内にあり、「私」が消滅した時にのみ「ヨーガ・瞑想」はただ、あるがままに存在するでしょう。
 西洋心理学ではエゴ(自我)が形成発展して人格(パーソナリティ)が成長すると言われますが、
生まれながらに存在するものではなく、言葉の記憶、経験や思考により作られるものです。
では今回のテーマとなっている肉体や物質を超えた何か、未知、不可知のものはどうでしょう。
思考が作り上げたものでしょうか。本質的にある(存在する)ものでしょうか。
私たちの道(ヨーガ)ではその解答や知識を得ることには何の意味もなく、
目的や動機のない純粋な探究を続けることに価値を見出しています。

明けましておめでとうございます。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」397号(2019年1月5日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24