正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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アイアンガー師の香り

     - ヨガ

先日生徒さん達と話している時インドの話題となり、
私は長い間しまっておいたアイアンガー先生から頂いたクルタ(インドの上着)をお見せしました。
このクルタは1981年師が沖ヨガ道場に招聘されワークショップと講演会を開催し
インドに帰国する前に御自分が着ていたものを頂いたものでした。
そのクルタにはかすかに師の香りが残っているようでしたが、
それは旧マイソール州政府製のサンダルウッド(白檀)・オイルの香りで、
生前師の近くに行くといつもその香りがしていました。
私は「ヨーガの樹」の訳注で「アーサナの香り(rasa)」として書いたことがあります。
サンスクリット語のrasaは通常、味覚や水を意味しますが
師はそれを発展させてvaasanaa(潜在印象、薫習)あるいは
samskaara(浄化、諸行、潜在意識)にまで拡げていました。

「アーサナの香り」、「師からの薫習」とはどういうものか。
アーサナは静止ポーズで、外の形は静止しますが内部ではダイナミックな生体エネルギーが流れ続けています。
「アーサナの香り」は形からやって来るのでしょうか、それとも動きや流れからやって来るのでしょうか。
私たちは師、先生から様々に学びますが、それは知識や経験でしょうか、
それとも技術やテクニックでしょうか。「師の薫り」を学ぶことは出来るでしょうか。
ヨーガでは我々の生命やプラーナ(生体エネルギー)、
万物や諸行、意識や感覚思考もよく川の流れに例えられます。
流れは時間と空間の中で絶えず移動・変化することで「諸行無常」と言われてきました。
ウパニシャッドからヴェーダーンタに至るヨーガの思想は
この絶えず変化する流れの根源となる絶対的な静止・静寂を求めそれをブラフマンと呼んでいます。
生まれることも滅することもなく、始めも終わりもなく、
変化することもなく時空を超越し常に今ここに実在するものとして。
生命を含め「形あるもの(vyakta)」は「形ないもの(avyakta)」から生まれ
一定期間流れ変化しまた形ないものへと戻っていく。
私たちがヨーガの道を探求するのはこの形のない根源を求める方向性にあります。
身体の内外の全ての動きを止め完全な静止・静寂に安定し、
時空を超えた永遠の実在と繋がることから「アーサナの香り」がやって来るのではないでしょうか。

「香り」は知識や情報、形や動きではなく実在からやって来る。
ヨーガの中にプラーナーヤーマ(呼吸法)という行がありますが
その核心は「形ある」呼吸の流れにはなく「形のない」流れの静止(クムバカ)にあります。
呼吸を止めることをクムバカといいますが意志の力で努力して止めるのではなく、
内部から自然に呼吸が止まる状態をケヴァラ・クムバカと呼びます。呼吸が止まる時思考も停止します。
このような「薫り」や「流れの静止」に共通するものとして
白隠禅師の公案の一つに「隻手の音声」というものがあります。
普通は両手を打って音を出しますが片手で打つ音とはどういうものかという問いです。
ヨーガではナーダ・ブラフマ(天の声、ブラフマンの音)がこれに当たるでしょうか。
シャン・ムキー・ムドゥラーは顔の六つの開口(目、耳、鼻)を閉じ封印し、内なる音を聞くものです。
タントラにはナーダ・ブラフマ瞑想があります。
音のない音(soundless sound)を聴く、形のないものの薫りをかぐ、
流れや変化の絶対的静止・静寂、これらは全て共通の方向性を示しています。
これらに模範解答はありません。各個人がヨーガの実践の中で、
あるいは実際の生の中で探求し発見してゆくものでしょう。
同じものを見つけることもあれば違うものを見つけることもあるでしょう、
ただ探究するということだけは万人に共通です。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」394号(2018年10月5日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24