正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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ヨーガと仏教

     - インド哲学

インド哲学の研究から仏教の方に興味が移行してきて、それと同時にいろいろなことに気づいてきました。特に、最近、あることに気づきました。ヨーガ学派で有名な「八支則のヨーガ」がどこから来たのか自分の中で自然と見えてきたのです。

『ヨーガ・スートラ』は、みなさんもご存じの通り、パタンジャリという人が著したとされています。パタンジャリは2世紀の人とされますが、『ヨーガ・スートラ』が今日の形になったのは、およそ4-5世紀の頃だと、みなさんもお聞きになっているでしょう。

なぜ、『ヨーガ・スートラ』が編纂されるのにこんなに時間がかかったのでしょう。私は、これまで研究してきて、『ヨーガ・スートラ』の編纂には、仏教がかかわってきているのではないかとひそかに思っていました。明確な証拠といえるものはないのですが、インドの哲学はどの学派をとっても仏教の影がつきまとうのです。『ヨーガ・スートラ』も例外ではありません。

実は、ブッダがはじめて「大念処経」という経典を説いたのが、クルという国のカンマーサッダンマという町であった、と読んで、ひらめくことがありました。クルという国は、北インドにあり、あの有名な『マハーバーラタ』を生んだ地でもあるのです。『マハーバーラタ』の中に収められる『バガヴァッドギーター』は、クリシュナ神とアルジュナ王子との対話を描いた名品です。アルジュナ王子は、戦い前夜、親族との戦を思って葛藤するのですが、クリシュナ神(ヴィシュヌの化身)が、知識のヨーガ、行為のヨーガ、信愛のヨーガを説いて戦うように、と励ますのです。

『マハーバーラタ』の英雄クリシュナは、ヤーダヴァ族に属し、部族の精神的な指導者であったと言われています。かれはクシャトリア(王族・戦士)階級のために新しい宗教を打ち立てたようですが内容は伝わっていません。後にクリシュナは神とされていきました。

一方、仏教の方を考えましょう。ブッダのいた当時のインドは、ガンジス河中流域を中心として発展して来ており、東にマガダ国、その西にコーサラ国などの大国が栄えていました。そこから考えますと、クルという国は、それら大国よりはるか北西に位置し、ほとんど辺境といってもいいところです。

現代の仏教の側からしますと、身体・感受・心・法の四つにかかわる非常に重要な「念処経」をなぜそんな辺境の地で説いたのか、ということになります。仏教の行きわたる国々の人々に説く方が有意義ではないのかと思われるかもしれません。私の想像ですが、「仏法を求められたから」ということではなかったのかと思っています。つまり、説法のご縁があったのではないでしょうか。ブッダは頼まれたら断りません。宗派を超えて人々に法を説きます。当時のクルの人々の哲学や宗教に関する深い関心や理解が、ブッダの法を求めた、ということではないかと思います。

「念処経」の教えは、後に仏教の比丘(出家修行者)たちにとっても大事な教えとなりました。一乗道とよばれ、普遍的な教えとしてどの宗派にもかかわる内容であると知られています。

『ヨーガ・スートラ』の作者パタンジャリは、「念処経」の教えをアレンジして、自分たちの思想にあわせ改変していったと思います。最初に身体を整えるヤマ(禁戒)とニヤマ(勧戒)を定め、次にアーサナ(坐り方)を定め、それから呼吸を整える方法を定めました。プラーナーヤーマ(調気)です。そして呼吸が整ったところで心に向かう道を整備しました。プラティヤーハーラ(制感)によって、外界との接触を断って心をしっかりと確立するのです。ここまでは、準備段階なので、『ヨーガ・スートラ』第2章のクリヤー・ヨーガで説かれます。それから本番です。第3章では、ダーラナー(総持)・ディヤーナ(禅定)・サマーディ(三昧)と進んで一気に目的の境地に近づくのです。

ラージャ・ヨーガだけではなく、ハタ・ヨーガの時代になっても仏教との関わりは深く、特に密教との関連性がささやかれて行くことになります。

我(アートマン)を説くヨーガ学派と、無我(アナートマン)の教えである仏教は、このように対立する要素もありながら、縄をなうように二つの宗教はつかず離れず、今日に至っているのです。インド精神の懐の深さを感じずにはいられません。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」469号(2025年1月6日発行)に掲載された記事です。

著者
石飛 道子

略歴
札幌大谷大学特任教授。北星学園大学他、多数の大学・専門学校にて非常勤講師著書『ブッダと龍樹の論理学』ほか多数。

ヨガライフスクールインサッポロ講師、北星学園大学、武蔵女子短期大学、その他多数の大学、専門学校にて非常勤講師として教鞭をとる。著書に『インド新論理学派の知識論―「マニカナ」の和訳と註解』(宮元啓一氏との共著、山喜房佛書林)、『ビックリ!インド人の頭の中―超論理思考を読む』(宮元啓一氏との共著、講談社)、『ブッダ論理学五つの難問』(講談社選書メチエ)、『龍樹造「方便心論」の研究』(山喜房佛書林)、『ブッダと龍樹の論理学―縁起と中道』(サンガ)、『ブッダの優しい論理学―縁起で学ぶ上手なコミュニケーション法』(サンガ新書)、『龍樹と、語れ!―「方便心論」の言語戦略』(大法輪閣)、『龍樹―あるように見えても「空」という』(佼成出版)がある。