正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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遺影

私が医療職として働き始めた1980年代、
「死」について患者さんと話すことはやはりタブーでした。
病院は病気を治すところであり、戦うところであり、
「死」は敗北を示すものでした。縁起でもないといわれました。
けれど、先にふれた通り死は、特別なことではありません。
どのように死ぬのかを考えることは、残る人生をどのように生きるかにつながるものです。
1997年臓器移植法が制定される中で、
死、脳死、安楽死、尊厳死など、死をめぐる言葉が話題となりました。
「死の定義」はきちんと考えて、知らねばならない問題です。

1980年代中頃私はひとりの友人を失いました。
友人の遺影は成人式の晴れ着姿、5年ほど前の写真、出会った頃の彼女でした。
その遺影が無性に悲しく、切なかったです。
そんなとき、ご主人を亡くしてうつ状態で病院にみえたひとりの女性がいました。
死を非常に恐れている方でした。
ある時思い切って私は友人の遺影の話をしました。
彼女がどう受け止めたかはわかりません。
ただ、それから毎年お花見の頃、
私と彼女はおめかししてお気に入りの桜の木の下で写真を撮ることになりました。
彼女は前日に美容院へ行き、時には着物姿であらわれます。
カメラマンの私はそれは責任重大でした。
Lサイズの写真は、枕の下に置いてあるそうです。遺影に使うつもりなのです。
家族にはまだ言ってません。縁起でもないって叱られるのがわかっているからです。
私の都合で、病院でのサービス提供が終わる頃、
ご主人が亡くなった時の様子を話してくださいました。

数年前に誘われてようやく友人のお墓参りができました。
たくさんのお墓の真ん中あたりに友人のお墓はありました。
若くしてお子さんを亡くしたご両親の気持ち、友を失った我々、
それでも10年以上、それぞれの人生を歩みました。
彼女の人生は彼女らしくすがすがしいものであったと今は思えます。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」194号(2002年2月5日発行)に掲載された記事です。

著者
村田 和香
群馬パース大学保健科学部
北海道大学名誉教授
保健学博士

略歴
札幌市内の老人病院に作業療法士として勤務。その時に、病気や障害を抱えた高齢者の強さと逞しさを実感。以後、人生のまとめの時である老年期を研究対象とし、作業療法の臨床実践、教育・研究のテーマとしている。