正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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ヨーガ ― 伝統と進化について

     - ヨガ

インドには数多くの神々が存在し、ある人が詳細に数えてみると32万体以上に上ったと言われています。なぜこのようにたくさんの神々がいるのでしょう。現代の考古学や文化人類学が教えるところによると、インドの先史時代、紀元前2、3千年以前からインダス文明として知られる高度な文化を持ったドラヴィダ人、ムンダ人、その他の人種の人々がインドの各地に先住していたようです。この地に鉄器を持ち武術にたけたアーリヤ人が北西方から侵入し先住民を駆逐、征服、あるいは隷属化し、ヴェーダやウパニシャッドを基軸とするバラモン正統文化を作りました。所謂ヴァルナと言われる身分(カースト)制度はアーリヤ人であるバラモン(祭官)とクシャトリヤ(王侯貴族)が祭儀を執り行い宗教的権威を保持し、武力により社会秩序を維持するものでした。その後バラモン社会が弱体化するにつれ自由思想や仏教などが興り、バラモン正統派内でも六派哲学など社会・宗教改革が起こりました。社会全般的にもそれまで抑圧され潜伏していた各地のドラヴィダ人などの先住民がその文化や風習を回復、復活させてバラモン社会に融合するようにヒンドゥー教文化が出来てきました。ヨーガの源流はアーリヤ文化よりもここにあると理解すべきで、ドラヴィダ文化は古い母系制社会を形成していて、その片鱗がバガヴァッド・ギータの中でドラウパディ妃がアルジュナ他5兄弟を共通の夫とすることでも窺われます。この母権・母系制の文化と風習が復権する時、各地に地母神や女神が顕現化し、無数の神々がヒンドゥー文化の中に融合されてきたようです。

その後、ヨーガは中世(11~16世紀)にハタヨーガやタントラとして盛んになった時代を経て近代(17~19世紀)にはほとんど忘れ去られていたようです。この時代インドはイスラムやその後イギリスの支配を受けインド人自体もヒンドゥー文化そのものの価値を見失っていたようです。この時ヴェーダやウパニシャッドを始めとするヒンドゥー文化、またヨーガの価値を再発見したのは欧米人でした。現代のヨーガの基盤となるネオ・ヴェーダーンタ思想や新しいヨーガ体系などは西洋と東洋が融合するように形成されたもので、そこには今までに見られなかったより普遍的な価値観も生まれてきたようです。

このような歴史と伝統を前にして私たちがヨーガに対峙する時、多くの人が過去にも現代にも大きな誤りをしてきたように見受けられます。ヨーガの伝統、古典文献などでは理想的な観念が称揚され修行者はこの理想を達成することを目標としてきたわけですが、ここに陥穽があります。パタンジャリのヨーガスートラにはヤマ・ニヤマという理念があり、アヒンサ(非暴力)、ブラフマチャルヤ(禁欲)、アパリグラハ(無欲)などが挙げられ、人間の自然な感情や欲望を抑圧・否定して最終的なサマーディー(三昧)やモクシャ(解放)を謳っています。これは思考が作り上げた理想、幻想にすぎず、多くの知識や情報を集めてもそれは言葉の記憶に過ぎません。理想や「あるべき姿」に依る伝統は過去の死物であり、今ここに生命を持って生きていないものを真実とは言えません。私たちの内に、今ここに自然に「あるがまま」のものは、不安、恐怖、葛藤、欲望、エゴイズム、あるいは対立、争い、嫉妬、暴力性、等々で、これが私たちの真実です。過去の死物である伝統や理念・理想という目標、幻想は今ここに存在するものではなく、その知識を集めても決して生命や知恵に繋がりません。一方私たちの内の「あるがまま」のものは今ここに存在し生命の息吹きを持っています。私たちのヨーガ探究の原点をここに置くべきで、今ここに存在し生きているものに気づき、探究することが知恵に繋がります。

前回カタ・ウパニシャッドの話をしました。ナチケータス少年が死者の国に赴きヤマ(閻魔)王に質問します。肉体が滅んでも永遠に存在するものがあるのかどうか。私たちの内にこれを探求することをアディアートマヨーガと言いました。ウパニシャッドの解答はあると言い、それをアートマン・ブラフマンや魂とし、仏教は別の表現で解答を提示しています。あるいは輪廻転生を信じるのか信じないのか。肯定であれ否定であれ知識や情報によりこれらの解答・結論を得ることは大きな危険をはらんでいます。解答や結論を得ると私たちは探究を止めてしまいます。これが知識や情報の限界でしょう。

内なる探究に解答や結論はありません。探究を続けるにはエネルギーを必要としますがその生命エネルギーは今ここに「あるがまま」に生きているものからしかやってきません。ヨーガの実践が私たちに示す知恵は、今ここに「あるがまま」存在するものに生命力の源泉を汲み取り真実の探求を続けること。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」385号(2018年1月5日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24