サンスクリット語の魅力3
- インド哲学
インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』の中には、たくさんの神々が登場します。
一番多く登場する神は、インドラという神さまですが、
二番目に多く登場するのが、今回取りあげます「アグニ」という神さまなのです。
単語のアグニは、「火」という意味です。
ですが、その言葉は、『リグ・ヴェーダ』の中では、
神格化されてそのまま神を表す呼び名となりました。
日本でも、芥川龍之介という作家が、このインドの神アグニを用いて
「アグニの神」という短編小説を書いています。
人間にとって、火は文明をもたらす象徴でもありました。
ギリシア神話では、プロメテウスが神々から火を奪って人間に与え、
それによって人類は火を使うようになったとされています。
インドにおいても、火は、天・空・地の三界のどこにでも潜んでいるといわれ、
あらゆる人に共通なもの(アグニ・ヴァイシュヴァーナラ)と称されます。
天にあっては太陽の輝きであり、空界では雷光として現れ、
地上にでは人々の家にあるかまどの火になります。
しかし、そんな中でも特に重要なのが、インドの祭祀で用いられる聖なる祭火です。
火に供物を投じて神々に捧げると、火(アグニの神)は
煙と共にその供物を天上の神々に届けると考えられています。
祭祀においては、二本の木片(鑽木)をこすり合わせて火を起こすので、
清浄なる火は「両親(二片の鑽木)から生まれる」と言われます。
仏教の開祖ブッダは、このヴェーダの表現を巧みに利用して、新しい思想を導きました。
祭祀においては「あらゆる薪(木片)から聖火(アグニの神)は生ずる」のだから、
身分の卑しい生まれであっても、
行い正しく恥を知って慎むものが高貴な者となると、暗にカースト制度を否定したのです。
「生まれによってバラモンとなるのではない、行いによってバラモンとなる」と、
バラモンを頂点とするカーストの階級制度を内面から変革していったのです。
バラモン教のヴェーダ思想は、祭祀や儀礼のやり方から宇宙の創造神話まで、
幅広い哲学・思想を含むのですが、さらに仏教が加わって、
心のあり方にいたる深い教えをも表すようになっていきました。
インドの思想が奥深いのは、海の水のように、
いろんな思想が流れ込んで、そこで一つの味を作っていくからかもしれません。
この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」397号(2019年1月5日発行)に掲載された記事です。
著者 |
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略歴 ヨガライフスクールインサッポロ講師、北星学園大学、武蔵女子短期大学、その他多数の大学、専門学校にて非常勤講師として教鞭をとる。著書に『インド新論理学派の知識論―「マニカナ」の和訳と註解』(宮元啓一氏との共著、山喜房佛書林)、『ビックリ!インド人の頭の中―超論理思考を読む』(宮元啓一氏との共著、講談社)、『ブッダ論理学五つの難問』(講談社選書メチエ)、『龍樹造「方便心論」の研究』(山喜房佛書林)、『ブッダと龍樹の論理学―縁起と中道』(サンガ)、『ブッダの優しい論理学―縁起で学ぶ上手なコミュニケーション法』(サンガ新書)、『龍樹と、語れ!―「方便心論」の言語戦略』(大法輪閣)、『龍樹―あるように見えても「空」という』(佼成出版)がある。 |