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プルシャ

     - インド哲学

インドの哲学の中には、一般的になじみのない専門用語が多くでてきます。
これらの多くは、サンスクリット語という言語です。
ここではそんな言葉の一つ、「プルシャ」をご紹介しましょう。

ヨーガをなさっている方は、「プルシャ」という言葉には聞き覚えがあるかもしれませんね。
ヨーガの実践を理論的に根拠づけるサーンキヤ哲学の中に出て来る用語で、
いちばん大事な根本原理を表す言葉です。
プルシャは、自己の「魂」「精神」を表す言葉です。
ほぼ同じ意味を表す言葉に「アートマン」という用語もあります。
アートマンは、「呼吸する」や「動く」や「(風が)吹く」という意味の動詞と
関係するという説もありますが、よくわかっていません。
アートマンは「自己の魂」や「自己自身」という意味で用いられ、
インド哲学の中でこれほど重要な語はない、といっても過言ではありません。
一方、プルシャという語は、元々「人」という意味を表します。
英語の”man”という言葉と同じように使われたりします。
「人」を意味するプルシャが、どうして「魂」「精神」という意味になったのでしょう。
そこを少しお話ししましょう。

ウパニシャッド文献の中で、哲学者ヤージュニャヴァルキヤが、
ヴィデーハ国のジャナカ王と問答するところがあります。
ジャナカ王がヤージュニャヴァルキヤに質問して、
「かの、人というのは、何を光とするのですか」と尋ねると、かれは、
「人は、太陽を光として坐ったり動いたり仕事をして戻って来ます」と答えます。
そこで、さらに太陽が沈んだら人は何を光とするのですかと尋ねると、かれは、
月を光とすると答えます。「月も沈んだら」と問われると、火を光とすると答えます。
さらに問答が続いて、「火も消えたら」という問いには、
言葉を光として、言葉を手がかりに動き回ると答えます。
では、「言葉も途絶えたら」と聞かれて、かれは、
最後にアートマン(自己の魂)を光とすると答えるのです。
ジャナカ王に「アートマンとはなんですか」と問われて、
このアートマンというのは、心臓の内部にあって、光をもつプルシャ(人)なのだと、
ヤージュニャヴァルキヤは説明するのです。

つまり、アートマンは、自分の内部の光なのであって、
その人自身を作る本体であるという意味で、「プルシャ(人)」とも呼ばれると知るのです。
こうして、インド哲学の中でもっとも大事な言葉「アートマン(自己、魂)」は、
その人の本体であるという意味で「プルシャ(人、精神)」とも呼ばれるようになりました。
アートマンに「自己」という意味が付随しているように、
プルシャには「人」という元の意味が影のようについていきます。
そこで、日本語で訳すとき、人の本質と考えられる「精神」という訳語が
用いられるようになったのではないかと思います。
とはいえ、サーンキヤ哲学のプルシャは、「精神」という訳語より、
どこか普遍的で具体的な「人」という意味をもって、
ヨーガの実践にも影響を及ぼしているように思われてなりません。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」409号(2020年1月6日発行)に掲載された記事です。

著者
石飛 道子

略歴
札幌大谷大学特任教授。北星学園大学他、多数の大学・専門学校にて非常勤講師著書『ブッダと龍樹の論理学』ほか多数。

ヨガライフスクールインサッポロ講師、北星学園大学、武蔵女子短期大学、その他多数の大学、専門学校にて非常勤講師として教鞭をとる。著書に『インド新論理学派の知識論―「マニカナ」の和訳と註解』(宮元啓一氏との共著、山喜房佛書林)、『ビックリ!インド人の頭の中―超論理思考を読む』(宮元啓一氏との共著、講談社)、『ブッダ論理学五つの難問』(講談社選書メチエ)、『龍樹造「方便心論」の研究』(山喜房佛書林)、『ブッダと龍樹の論理学―縁起と中道』(サンガ)、『ブッダの優しい論理学―縁起で学ぶ上手なコミュニケーション法』(サンガ新書)、『龍樹と、語れ!―「方便心論」の言語戦略』(大法輪閣)、『龍樹―あるように見えても「空」という』(佼成出版)がある。