正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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「自己を識る」とは

     - ヨガ

「汝己自身を知れ」、古代ギリシアデルフォイの神殿に刻まれていた賢者のこの銘言を
ソクラテスは自身の無知を自覚する為の銘として、自らの哲学の出発点としたと伝えられています。
他方近代ヴェーダーンタ系のヨーガではその目的を「Self-Realization」としましたが、
日本の多くのヨーガ書ではこれを「自己実現」と表現しているようです。
その元となったサンスクリット語は「aatma-jnaana,aatma-darshana,aatma-khyaati」
のようですからそれはむしろ「自己を識る」、「自己を観る」、「自己を知覚する」
と理解したほうがよいでしょう。但しここでいう「自己」とはエゴやパーソナリティではなく、
また思考(認識作用)や経験で作られるものでもありません。

私たちが一般に自分自身を理解しようとする時、
あるがままの真実の「自己」をとらえることができるのか、
あるいはそこに自分の好き嫌い、都合の良し悪しなどの選り好みのフィルターをかけ
「自己イメージ」を作り上げてしまうのでしょうか。
例えば自分の過去や子供時代を思い出す場合、
その時の真実の自己のありようの全体性をあるがままに見ることができるのか、
それとも好き嫌いや事の良し悪しという「心の働き(思考)」を通して解釈や判断をし
「記憶」という「自己イメージ」を作っているのでしょうか。
「自己イメージ」という虚偽の像を作りそれを自分自身と思い込み自己同一視をしている人は
「周りの人々や対象物」に対しても虚偽の「イメージ」を作ってしまいます。
虚偽の「自己イメージ」が「周りのすべてのもの」に投影されるわけです。
これは理論や思考による概念ではなく事象を深く見極めたときに浮かび上がってくる事実です。
私たちのこのような状態を現代の賢人は
「人は夜寝ているときに夢を見るだけでなく、昼間にも「自己イメージ」という白昼夢をみて
その中に生きている」と伝えています。

それでは何がこの「自己イメージ」を作っているのでしょうか。
自己イメージが否定されるとき私たちは傷つきます。
「心の働き(思考や感情)」は過去の記憶や知識、経験をもとに作られ、
そこに選り好みの選択をして「自我意識」が作られてゆきます。
そこで私たちには「思考や経験」を通しては
「真実の自己」を識ることはできないことが見えてきます。
「ヨーガ・スートラ」では「ヨーガとは心の働きの静止である」と伝えられ、
「般若心経」では「自我の働き=五蘊(色・受・想・行・識)」が実在ではなく
空であると悟るとき「般若波羅蜜多」の最高の知恵が生じると説いています。
「真実の自己」に出会うためには「思考や経験」を超えた領域に入ってゆく必要があります。
私が一緒にヨーガを行う人々に提案するのは「未知への探求」で、
それは具体的には「クラニオ・バイオダイナミックス」において
「生命呼吸(ミッドタイド)」に同調し、一体となり交感することが入り口となります。
それは思考や経験、知識や情報、技術や修行によって得られるものではなく、
生命の根源として実在する無限の存在に気づき心を開き共感することです。
「自己イメージ」にしがみつきエゴの壁を守ろうとする限り
「私」を超えた「全体性」と合一交歓することはないでしょう。

気づきは訓練や修行など徐々に積み重ねて生じるものでもなく
完全に自由な空間で瞬時に起こります。
私たちにできることはその障害となっているものに気づき取り除くことです。
まさに私たちの思いや感情がこの「自己イメージ」という「顛倒夢想」を作っていること、
そこから「遠く離れて」自分の愚かさや無知に気づくことが知恵の始まりとなるでしょう。
ここがヨーガや瞑想の原点である「自己を識る」ことの入り口となることでしょう。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」409号(2020年1月6日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24