正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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バガヴァッドギーター(1)

     - インド哲学

新型コロナウィルスが猛威をふるって、私たちの生活を脅かしています。
落ち着かない日々ではありますが、こういう時こそ
じっくりと一つの書に取り組むというのはいかがでしょうか。

このような思いもあって、今回、白羽の矢が当たったのが、
『バガヴァッドギーター』という古いインドの書です。
ヨーガをなさっている方にとっては、一度は読んでみたい書かもしれません。
多くのみなさまのリクエストによって、この『バガヴァッドギーター』は、
3級の「インド哲学」の講義の教材に選ばれました。
みなさまと一緒に、インドの思想世界に広がるロマンと智慧の営みを見つめてみましょう。

バガヴァッドギーターは「バガヴァット(高貴な者、神聖な者)」と
「ギーター(詩、偈)」ということばが一つになった複合語です。
上村勝彦訳の『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫)の「まえがき」には、「神の歌」とあります。
「バガヴァット」を神と捉えているのです。
実際に、この書で「バガヴァット」ということばが指し示しているのは、
ヒンドゥー教の二大神のうちのヴィシュヌ神のことなのです。
『バガヴァッドギーター』は、もともとヴィシュヌ神をバガヴァットとして崇敬する宗派、
バーガヴァタ派の聖典として作られたと考えられます。

ある人は、『バガヴァッドギーター』を、「信愛(バクティ)」を説くもっとも初期の作品とみています。
「信愛」というのは、最高神への深い帰依を指すことばです。
熱烈に神に信仰を捧げることにより神の恩寵にあずかることを歌い上げる聖典なのです。
しかし、この書はそれだけではありません。一地方の一宗派で信じられているだけの教えではなく、
それを超えて、全インドの人々に親しまれる「インド精神」を表す書となっているのです。
なぜ、『バガヴァッドギーター』は、インドの人々にそれほど愛されるのでしょう。
そこには、それなりの理由があるのです。

『バガヴァッドギーター』のお話しが説かれる舞台は、インドの北西部バラタ族の土地クルという国です。
そこを舞台にして、インド二大叙事詩の一つ『マハーバーラタ』は壮大なスケールで描かれました。
実は、『バガヴァッドギーター』は、その『マハーバーラタ』の一部をなすのです。
まず、『マハーバーラタ』について、少し詳しくお話ししましょう。
「マハー」は「偉大な」という意味、「バーラタ」は、「バラタに関するもの」ということ。
つまり、バラタ族のことを描いた物語を指すのです。
さらに言えば、それは、バラタ族の人々が親族同士戦った戦争を中心に語る物語ですので、
「偉大なバラタ族の戦争物語」などと説明されたりします。
インドの人々は自分たちをバラタ族の末裔と考えるところがあります。
それで、バーラタあるいはバーラタ・ヴァルシャは、インドの国を指す呼び名になっているのです。

ところで、『マハーバーラタ』は、その分量としては、人類が持っている最大の叙事詩ではないでしょうか。
十八篇十万頌という膨大な詩句からなり、それにさらに付録の『ハリヴァンシャ』一万六千頌が加わります。
主要なお話しは、同じバラタ族のクルの百王子と
パーンドゥの五王子の間に起こる確執と戦闘とを描いた物語ですが、
これは全体の五分の一程度にすぎず、他に神話や物語、
伝説など種々様々なお話しがこれでもかと言わんばかりに雑多に詰め込まれ、
古代インドを知るための百科全書のような働きをなしています。
『マハーバーラタ』は、主題の物語の面白さだけではなく、
インドの思想・哲学・風俗・社会、何でも知る手がかりを与えてくれる貴重な史詩なのです。

『マハーバーラタ』の作者は、ヴィヤーサという聖仙とされます。
伝説上の人物と考えられますが、『マハーバーラタ』の中に登場する登場人物の一人でもあります。
この作品が作られた年代は、仏教が興る以前の北インドに起こった
同部族の争いをもとに長い時間をかけてまとめられてきたものと考えられています。    
およそ紀元後四世紀の頃には、現在のような作品の形になったと言われています。
しかし、伝説上とはいえ、作者とされる人物がいることは、
『マハーバーラタ』にそれなりの統一感をもたせることになっています。

さて、最後になってしまいましたが、ここで取り上げる『バガヴァッドギーター』は、
この『マハーバーラタ』の第六篇「ビーシュマ・パルヴァン」の
第23章から第40章までの18章を独立の書として名付けたものです。
インドのクルクシェートラを舞台に繰り広げられる、
神と人間との生死のドラマをこれから何回かに分けて解説していくことにしましょう。
『バガヴァッドギーター』は、インドにおける
さまざまな哲学の要素を包含する独特の香りをもった作品なのです。
次回は、登場人物のお話を中心に、『バガヴァッドギーター』の中に入っていくことにしましょう。


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」414号(2020年6月5日発行)に掲載された記事です。

著者
石飛 道子

略歴
札幌大谷大学特任教授。北星学園大学他、多数の大学・専門学校にて非常勤講師著書『ブッダと龍樹の論理学』ほか多数。

ヨガライフスクールインサッポロ講師、北星学園大学、武蔵女子短期大学、その他多数の大学、専門学校にて非常勤講師として教鞭をとる。著書に『インド新論理学派の知識論―「マニカナ」の和訳と註解』(宮元啓一氏との共著、山喜房佛書林)、『ビックリ!インド人の頭の中―超論理思考を読む』(宮元啓一氏との共著、講談社)、『ブッダ論理学五つの難問』(講談社選書メチエ)、『龍樹造「方便心論」の研究』(山喜房佛書林)、『ブッダと龍樹の論理学―縁起と中道』(サンガ)、『ブッダの優しい論理学―縁起で学ぶ上手なコミュニケーション法』(サンガ新書)、『龍樹と、語れ!―「方便心論」の言語戦略』(大法輪閣)、『龍樹―あるように見えても「空」という』(佼成出版)がある。