正しい食と適宜の運動、そして明るい心こそが真の健康を築きあげます。ここでは、機関紙「未来」に掲載されたコラムを発信してまいります。

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「未知のもの」を探し求めて 見出せるか?

     - ヨガ

人の頭脳や思考は科学技術や情報科学では驚異的な能力を発揮してきていますが、精神の分野では思考は本質的に極度に限定され、条件付けされています。頭脳は言語、環境、家庭、教育、知識、経験、あるいはその時代の社会や伝統などに条件付けされ、エゴ(自我)の壁の中に強固に限定されています。

「汝、己自身を知れ」、古代ギリシャやインドから繰り返されてきましたが、現在私たちの多くが探求するのは「他者」の精神であり、決して「自己自身」の精神を求めようとしません。哲学者、心理学者、あるいは専門家たちも「自己自身」を研究対象とはしないようです。動物実験や「他者」などを研究して技術的な外側の世界は進歩してきたかに見えても、内面のありようは昔も今も原始的なままのようです。

芥川龍之介の短編小説の中に「藪の中」と「羅生門」がありますが、それらを題材として黒澤明が「羅生門」として映画化し、始めて国際的なグランプリを獲得しました。そこには自我のありようが如実に描かれています。平安時代末期、若い侍夫婦が京の都から若狭の国に旅をします。侍は弓矢と太刀を携えて歩き、妻は馬に乗り進む途中、一人の盗賊に襲われます。若侍はその盗賊に「藪の中」の切り株に縄で縛りつけられ、若い妻は夫の目の前でその盗賊に犯されます。後に侍が胸を刺され死んでいるのを一人の木こりが見つけます。

その後盗賊は捕らえられ、検非違使の白洲の取り調べの場で当事者4人の証言と告白が語られます(死んだ侍の告白は巫女が霊媒として死者の霊を呼び出します)。不思議なことに盗賊も妻も自分が殺したと言い、侍の霊は自ら自刃したと告白します。誰が殺したのか、あるいは自刃したのか、また凶器が太刀なのか小刀なのか、真実は「藪の中」のままで物語が終わります。

当時の人々はその時代の社会に条件付けされた自我を持ち、その「私」から出てくる価値観や倫理観、即ち侍としての大義名分、名誉、あるいはそれに反した時の恥などを基に行為し告白するでしょう。虚偽の告白をする者は自分が「噓」と認識して告白しているのか、それとも「嘘」と自覚のないまま虚偽を言い、行為するのでしょうか。死者の霊の場合はどうでしょう?真実は「藪の中」。

現代の私たちは資本主義という金銭が中心の社会的な条件付けを受けた自我(私)を基に言動します。時代や地域により条件付けされる内容、即ち価値観や倫理観に多少の違いはあったとしても、人は昔も今も条件付けされた自我(エゴ)という限定された強固な壁の中で生き、争い、対立、競争、矛盾、など虚偽の言動をしていることを見れば、精神の内面は何の進歩もしていないことが見えてきます。自我は常にもっと欲しがり、何かになろうとし、達成、成就することを目指します。

人はこのような自我の壁を超えるものを古代インドなどから探し求めてきました。それは、未知、無限、不可知、計り知れない、時空を超え、言葉で言い表せない、生まれることも滅することもない、また、真実、真理、ダルマ、最高の知恵、あるいは神などと称してきましたが、これらの実体、実存を探し求め見出すことはできるでしょうか。人は捜し求めるときその対象を概念やイメージとして想定して初めて見出したかどうかを認識できます。また捜し求める主体は自我であり、それが未知のものを見出すことは出来ません。

古今の賢者たちは探し求めることを止めたとき、心の働きや意識、精神の流れが静止し、完全な静寂状態になって初めてやってくるものと言ってきました。これが真実なのか、それともこのようなことも思考が作り上げた概念にすぎないのか。実体験として経験していない者にとって真実は常に未知のままでしょう。

ume


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」433号(2022年1月5日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24