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ヨーガの継承—paramparaa

     - ヨガ

shrii-bhagavaan uvaaca
imam vivasvate yogam proktavaan aham avyayam
vivasvaan manave praaha manur ikshvaakave ‘braviit

evam paramparaa-praaptam imam raajarishayo viduh
sa kaaleneha mahataa yogo nashtah parantapa — (bhagavad-giitaa Ⅳ-1,2)

聖なる尊者は言った
「私(クリシュナ)はこの不滅のヨーガをヴィヴァスヴァット(太陽神)に説いた
ヴィヴァスヴァットはそれをマヌ(人類の始祖)に告げマヌはイクシュヴァーク王に告げた

このように継承して伝えられたヨーガを王仙たちは知っていた
しかしそのヨーガはこの世で大いなる時を経て失われてしまった、アルジュナよ!」


考古学によると紀元前3000~2000年頃のインダス文明モヘンジョダロなどの遺跡で発掘されたテラコッタ(粘土板)にはいくつかのアーサナの像や文字も刻まれその解読が進められているようです。それはドラヴィダ語のようですが、当時は身分制度もなく、女系(権)制社会で共同体(コンミューン)を成し豊かな文化を持ち、人々は神々や大自然や宇宙と一体となり暮らしていたようです。「マハーバーラタ」の中にドラウパディ妃がアルジュナたち5兄弟の共通の妃となる一妻多夫制の記述がありますが、これをインドの識者は古い女系制社会の慣習の名残と指摘しています。

ヨーガは5000年の歴史を持つと言われ、その源泉は当時の文化の中に求められるようです。紀元前2000~1000年にかけて中央アジアの遊牧民であったアーリア人は西北方向から北インドに侵略しドラヴィダ族を中心とした原住民を征服支配しました。彼らは強力な武器を持たず、鉄製の武器と騎馬に長けたアーリア人たちに容易に征服されたようです。その後アーリア人は北インド全体を征服支配し、原住民との混血・融合が進みヴェーダやウパニシャッドの文化やヴァルナ(種姓)やジャーティ(出生)という身分制度(カースト)を創りました。

征服されたドラヴィダ族たちの多くは南インドに逃れ今日まで続く南方系の文化圏を創りました。それは女神信仰、スークタ、シュローカ、バジャン、マントラなどを伝統的なサーマン(旋律)とチャンダ(韻律)での詠唱や祭祀などに見られます。ヨーガも北方系と南方系に分かれ私が親しんだアイアンガーやアシュターンガは南方系のヨーガとされています。この南北インドの分断を融合・統一した人物として「リグヴェーダ」、「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」にも登場する7大聖仙の一人アガスティアが伝えられています。

この後もヨーガはインド社会一般に広く浸透し正統バラモンのみならず、亜流のジャイナ教徒や仏教徒の間でも実践されていたようです。ヨーガの記述は古ウパニシャッドにもバガヴァッド・ギーターにも多く見られ、初めてのヨーガ文献として「ヨーガ・スートラ」が成立した時代(インドの識者たちは日本の学者たちよりも少し古い時代に置く)にも広く普及し、「古典ヨーガ」と呼ばれるものもパタンジャリが創始したものではなく当時広く流布していたものを成文化したものです。歴史としては六派哲学の一派とされているヨーガ学派の「ヨーガ・スートラ」は決して哲学や理論の書ではなく実際はあくまでも実践の書です。そこに哲学的理論的なことが書かれていてもそれは実践を助けるためのものです。それに気づき理解しない多くの日本の学者は奇異でおかしな解説をしているようです。

これ以前にも以後にもヨーガの継承は断絶や復活を繰り返し、歴史的にはイスラムの支配やイギリスの植民地支配もありました。中世には初代シャンカラ、ラーマヌジャ、マーダヴァのヴェーダーンタ三傑が現れ、その後ハタヨーガの時代になり多くのアーサナが発展し、また奇異な形に歪められた様相もありました。

ヴェーダーンタとヨーガは表裏一体となり進展してきたようで近代になりラーマクリシュナやラーマナマハリシなどの覚者・見者が現れ、19世紀末ラーマクリシュナの弟子ヴィヴェーカナンダがシカゴで開かれた万国博覧会の世界宗教者会議でキリスト教、仏教、イスラム教など世界の宗教者たちの前でヴェーダーンタの核となることについて講演し大絶賛を博します。

これを契機にヴェーダーンタとヨーガは新しい形となり全世界に普及することになり、現代の傑出した二人の見者・覚者、J.クリシュナムルティとオショー・ラジネーシを輩出します。またこの流れは欧米において哲学、心理学、心理療法、量子物理学などに影響し、社会的にもヒッピー運動やニューエイジムーヴメント、現代の音楽フェスなどにつながるのでしょう。現代のヨーガにおいてもアイアンガーやアシュターンガ、その他多くの派生した流派がありますが共通したスピリットを持っています。それは仏教や古典ヨーガで見られた人間の生を「苦」と見る「苦諦」、苦行や禁欲、人間の自然な生や感情を否定・抑圧するような病的な遺物から脱却し、「生」の本質を喜び(アーナンダマヤコーシャ)と見出し、ともに和合・合歓し分かち合うヨーガのコンミューン(共同体)を創り出していることです。これはヨーガ発祥の原点であるインダス文明にもまた古いウパニシャッドの中にも共通して見られるもので、時空を超えた本質、真実(sat)がそこにあるように思えます。

令和8年6月16日

吉田 つとむ


この記事はヨガライフスクールインサッポロ機関紙 「未来」487号(2026年7月6日発行)に掲載された記事です。

著者
吉田 つとむ
心と体のヨガ教室主宰

和歌山市出身、横浜市立大学卒業。パリ大学留学中にヨガと出合い、帰国後、沖ヨガ道場入所。沖正弘導師に師事。ヨガ指導に従事。インド・プーナのアイアンガー道場に通いアイアンガー師に師事。

略歴
・アイアンガーヨガ指導者として認証される。
・プーナの和尚ラジネーシ瞑想センターにて各種心理療法グループ研修後、和尚サニヤシン(出家者)となる。頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル・セラピー・バイオダイナミックス)トレーナー養成コース終了。
・ヴィパアサナ瞑想センターで瞑想修行。以降フェルデンクライス・メソッドの研修、気づきのレッスンとして応用指導に当たる。
・マイソールのアシュタンガ道場でパタビジョイス師に師事。
アシュタンガヨガ修行後、指導者として研修と指導に従事。

翻訳
ヨーガの樹

B.K.S.アイアンガー 著
吉田つとむ 翻訳
サンガ 2015/10/24